80時間も時期に一般的に!?長時間パワーリザーブの最新事情

カテゴリ:知識・雑学

ここ数年、機械式時計パワーリザーブの「長時間化」が注目されています。

これまで精度や防水性に注目が集まっていた機械式時計ですが、パワーリザーブ=駆動時間はどのようにして「長時間化」に至ったのでしょう。

今回最新の機械式時計のパワーリザーブ事情をまとめてみたいと思います。

時計ブランドがロング・パワーリザーブを目指す理由

機械式時計のパワーリザーブとはムーブメントを巻き上げて止まるまで、何時間駆動するかを示します。

ムーブメントの持続時間とも呼ばれ、一般的な機械式時計のパワーリザーブは40時間前後です。しかしここ数年各ブランドで「ロング・パワーリザーブ」と呼ばれる駆動時間60時間を越える機械式時計が続々と発売されています。

その理由として、時計の役割が昔と比較し変わったことが挙げられます。時計は「時間を示すツール」から「ファッションアイテム」へと変化しているからです。

機械式時計の自動巻機構が普及し始めた当時、現代ほど巷に時計は無く、時間を知るために腕時計を肌身離さず手首につけておく必要がありました。

しかし1970年代からの「クォーツショック」によって、生まれたデジタル技術は時計をあらゆるエレクトロニクス製品へ小型化し組み込んでいきます。結果、街中は時計が溢れる世の中へと変貌します。

美しい機会式時計

機械式時計の精度ではクォーツ時計に到底、敵いません。そのため「クォーツショック」を克服するためにスイス時計業界が目指したことは機械式時計を「時間を示すツール」から脱却させることでした。

結果、腕時計はセンス良く見せるための「ファッションアイテム」、また「クラフト」として製造することがスイス時計業界の「生き残る道」と、多くのメーカーが決断します。

クォーツショックを乗り越えて

車のエンジン

ブランドが再編整理され、機械式時計という哲学を継続、何とかクォーツショックを乗り越えた後にスイス時計ブランドが目指した先は、「機械式ムーブメントのさらなる復権」です。

クラフトワークとしての機械式時計の素晴らしさはヨーロッパで数百年以上の実績があります。

そこで突き詰めたことは「エンジニアリングの追求」だったと、僕は考えます。工芸品的な見方をされる機械式時計ですが、ムーブメントは車に置き換えればエンジンです。

優れたムーブメント(エンジン)を搭載した機械式時計こそ、あるべき姿でしょう。

クォーツショック直後、人気となった機械式時計はクロノグラフやコンプリケーションウォッチでした。

その中でもゼニスのクロノグラフムーブメント、「エルプリメロ」は36,000振動(毎時)を持つ高性能ムーブメントです。さながらフェラーリのエンジンといったところでしょう。

そのエルプリメロを搭載したロレックスのコスモグラフデイトナが1988年からそれまでの手巻きから実用的な、自動巻へとモデルチェンジし、人気となりました。

ただ、パワーリザーブは当時50時間ほどでした。次に改善するとしたらパワーリザーブ時間を「ロング・パワーリザーブ」へアップすることが期待されていたはずです。

1980年代後半「完全復活」を目指すスイス時計業界が目指した「機械式ムーブメントのさらなる復権」というゴールは彼らにはまだ遥か先に見えたことでしょう。

しかし一筋の光が見えたことで、スイス時計業界はムーブメントの実用性をさらに高める努力をします。ただパワーリザーブ40〜50時間の壁は予想以上に高く、ロング・パワーリザーブを製品化するまでには20年近くの歳月を要しました。

マニュファクチュールの台頭により登場したロング・パワーリザーブ

1998年に初めてロング・パワーリザーブを実現したのは1978年創業のパルミジャーニ・フルリエというブランドです。

この若き時計ブランドが開発した手巻きムーブメントは192時間(8日間)という、従来の汎用ムーブメントの40時間を大きく上回る数値を記録します。

これをきっかけにして、2000年に入ると今度はIWCがブランドのレジェンド、ペラトンが開発した「ペラトン式自動巻」によって、約7日間のロング・パワーリザーブに成功します。

同社の自社開発ムーブメントCal5000によって、ロング・パワーリザーブは手巻きから自動巻へと移行していくのです。これは製造技術の向上とムーブメントの自社開発により、独自アイディアを自社製品へ活かすことができるようになったため、と考えられます。

IWCロングパワーリザーブcal5000

IWCのような自社開発できるマニュファクチュールの出現は、これまで分業化で細分化されていた、スイス時計業界の産業構造も改革、業界を守るためなら伝統的な産業構造の見直しも辞さない、当時の関係者達の執念と感じ取れます。

IWC ポルトギーゼ オートマティック 7デイズ 【新品】

ラグジュアリーブランドのグループ化も追い風に

2000年代に入ると時計ブランドはその多くがコングロマリット化(複合企業)してゆくラグジュアリーブランドのグループへ加盟していきます。

セールスとマーケティングに長けたグループ傘下で時計ブランドは経営資源の多くを生産設備へと向けることができるようになったのです。このことで機械式時計ブランドはそれまで以上に「クラフトマンシップさを活かした時計造り」に傾倒してゆきます。

ダイバーズウォッチで名を馳せたパネライもそんなブランドのひとつです。彼らはリシュモンに加盟後、それまでのダイバーズウォッチのみから、10日間のロング・パワーリザーブムーブメントを搭載したモデルを発表します。

そして極めつけが同じグループ内のAランゲ&ゾーネが2007年に1ヶ月におよぶロング・パワーリザーブモデルを発表したのです。

時計ブランドのブランドグループ加盟がもたらした、恩恵のひとつはこの「ロング・パワーリザーブ」と言っても過言でありません。

ロング・パワーリザーブが機械式時計のスタンダードへ

2010年代に入ると、ロング・パワーリザーブはムーブメントの標準機構へと進化します。

ティソ 、パワーマティック80

2013年、これまで複合企業プレステージブランドの独壇場だったロング・パワーリザーブにTISSOT(ティソ)が「パワーマティック80」をリリースします。

TISSOT シュマン・デ・トゥレル オートマティック COSC パワーマティック80

このムーブメントはスウォッチグループ内のムーブメント会社であるETAが製造したもので、その名が示すように80時間のロング・パワーリザーブムーブメントモデルです。

このパワーマティック80の登場によってロング・パワーリザーブ時計の「価格破壊」も起きます。

これによって、リーズナブルな価格帯を求めるユーザーにもロング・パワーリザーブは受け入れられ、機械式時計業界は加速度的にロング・パワーリザーブへムーブメントの開発を進めていきます。

さらに2015年にはロレックスが発表したキャリバー3255搭載同社の【王道モデル】「デイデイト」が発表されます。これは同社の既存ムーブメントより50%も長い、70時間のパワーリザーブを誇る機械式機構です。

ロレックスが40時間代の壁を破るロング・パワーリザーブを発表し、同社のプレステージモデルに値する「デイデイト」に搭載したことで、ロング・パワーリザーブは機械式時計のスタンダードになったと言えます。

ただパテックだけはプレステージブランドの中で、唯一ロング・パワーリザーブムーブメント製品を2020年時点で1つしか発売していません。他は全て、パワーリザーブを40〜50時間前後に終始しています。

パワーリザーブインジゲーターという、裏技もある

パテックフィリップ、ノーチラスRef.5712

ロング・パワーリザーブに消極的と言われるパテックフィリップはパワーリザーブインジゲーターという「裏技」を多くリリースしていることが特徴です。

これは機械式ムーブメントの駆動時間を表示する機能です。しかし、この表示機構を加えるだけで駆動輪列が2系統必要になります。

構造が複雑になると部品点数が増えて結果故障の可能性が高まります。それにもかかわらず、パテックがこの「裏技」を採用するのは彼らに優れた技術があるからに他ありません。

そんな高い技術を持つパテックがロング・パワーリザーブを採用しない理由を推測するとパテックは強い力を持ったゼンマイを好まないから、という意見もあります。しかし僕はタイミングを待っていると推測しています。

パテックフィリップ PATEKPHILIPPE ノーチラス プチコンプリケーション ホワイトゴールド

ロング・パワーリザーブは2022年以降にブレークする?

ブレゲ、シリコンヒゲゼンマイ

それはロング・パワーリザーブが2022年以降にブレークする可能性があるからです。

2020年時点でブレゲが取っているシリコン製ヒゲゼンマイに関する特許が、2022年に切れます。

これを見据えて各ブランドは特許解放後のアイディアを模索中です。そのひとつとして、リシュモングループは時計の保証期間を2019年末から8年に延長しています。

特許が解放され、スウォッチグループ外へ特許技術が使えることができその技術が広く普及すると予測されます。

リシュモンは軽量化できるシリコン特許技術を使えうことで、時計の耐久性がアップし修理補償が2022年以降大幅に削減できると考えているはずです。

シリコン特許技術を全てのメーカーで使えるということは、2022年以降70時間未満のパワーリザーブ時計が無くなる可能性もあります。

パテックがその時までロング・パワーリザーブを温存している可能性は充分に考えられます。

では特許技術であるシリコン脱進機やヒゲゼンマイを使用すると、どうしてロング・パワーリザーブを実現できるのでしょう。

まずこれら特許技術の使用によって機械機構の大幅な軽量化ができます。軽いシリコン部品を組み込むことで、機構全体の軽量化を図ることができます。そのことで、ゼンマイのパワーを効率よく歯車に伝えることができ、結果時計のロング・パワーリザーブを実現できます。

パワーリザーブのまとめ

パワーリザーブは100年近く、40〜50時間が常識とされていました。

しかし現代社会ではシーンに合わせて時計を着替えるように、複数の時計を使うスタイルが主流となってきています。ホリデーシーズンにはビジネスとは全く違う時計をつけるのは当然、アリです。長時間労働が常態化している日本でさえ、週休二日制が定着しています。

機械式時計ティソのル・ロックルオートマティックレギュレーター

私のコレクション、ティソ ル・ロックルオートマティックレギュレーターのパワーリザーブは42時間です。

ティソ「ル・ロックル」レギュレーター 

しかしたまにその時計を外して、翌日見ると止まっている場合があります。

当初私は前述のパワーマティック80を搭載モデルの購入を希望していたのですが、該当モデルが無くル・ロックルを購入しました。80時間のロング・パワーリザーブがあれば2日ほど間隔を空けて使用しても止まる事は無いだろうと考えていたのです。

42時間のパワーリザーブでもフルで巻き上げないと42時間は駆動しません。パワーリザーブが80時間あれば、週末の2日間時計を外しても止まる可能性はほとんどありません。

これからは今まで以上に機械式時計はロング・パワーリザーブへとシフトするのでは、と感じています。

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