機械式時計は動かし続けた方がよい、いやいや動かしつづけなくて良い!という話題がよくあがりますので、まとめてみました。
機械式腕時計を複数所有している人に多いのが、ワインダーユーザーです。
ワインダーは機械式時計を腕から外した時の保管ケースを兼ねているものも多く、モーターの回転によって時計のゼンマイを巻き上げてくれる機械装置になります。
時計保管しながらモーターの回転によってゼンマイを巻き上げそれによって停止すること無く面倒な時間調整が不要な優れ物です。
自動巻ではフルに巻き上げても長いロングリザーブ時計で10日間、一般的な時計で30〜40時間で機械式時計は止まります。
所有している機械式時計にパーペチュアルカレンダーやムーンフェイズがついている時計、コンプリケーションと呼ばれる時計は一度時計が止まると日付調整が複雑で多岐にわたるためこのような装置が重宝されます。
そのような時計を所有している人たちにとってワインダーは確かに便利な物でしょう。ただそんな時間調整や日付調整は仮に時計が止まって調整することがどれだけ煩わしい物なのでしょうか?
むしろそんな手間ひまをかけて調整できることが、どれほど恵まれたことなのか。もしかしたら「ワインダー信者」はそんなコンプリケーションウォッチを所有していない人たちの単なる妄想なのかも知れません。
前述のコンプリケーションウォッチ然り、シンプルな三針機械式時計然りワインダーを所有していれば利用した方が良いと考えるのは自然な考えです。
しかしワインダーは機械式時計にとって必需品ではありません。機械式時計によってはワインダーをを使うことで、時計に害を与えることもあります。
もしワインダーを使うのであれば所有している機械式時計の巻き上げ方向を把握しておくことが重要です。
時計ネジの巻き上げ方向には「片方向巻き上げ」と「両方向巻き上げ」があります。ワインダーも機種によっては「片方向巻き上げ」に対応できない機種があるため使用する前にワインダー自体の仕様も理解しておくべきです。
機械式時計の片方向巻き上げは言葉の通り、自動巻ローターが左右両方向では無く、「一方向のみ」しか巻き上げない機構です。
多くの機械式時計のムーブメントには両方向巻き上げが採用されています。しかし一部モデルに採用されている「片方向巻き上げ」ですが、どんな特徴があるのでしょう。
「片方向巻き上げ」の自動巻きは少数ですが、巻き上げ効率が良いことで腕の動きが少ない女性用モデルとして採用されています。
また摩耗が少ないことや動きの少ないホワイトカラー向けモデルとしても使われています。
このように書くと良いことが多いイメージがある片方向巻き上げ時計ですが、ワインダーを使う上では向いていない側面があります。
それがローターが巻き上げ方向とは逆に巻き上げると、ローターが空回りすることで衝撃が起きます。この衝撃が大きいことがデメリットです。
最近のスポーツウォッチブームと大型時計は男性ユーザーが多いこともあり機械式の多くは「両方向巻き上げ」になっています。だからといって巻き上げ方向を確認しないで、ワインダーを使うことは避けるべきです。
自身が所有している時計の巻き上げ方向は必ず確認し、ワインダーのスペックも理解しておくべきでしょう。その上でワインダーの使用は時計同様に性能やその用途をしっかり理解してから使うようにしてください。
しかし時計を腕から外し、ワインダー内で駆動させることには別の弊害があります。
それがパーツ同士の「不要な磨耗」です。摩擦を減らすことは可能ですが、完全に無くすことは現代の物理学では不可能です。
多くのブランドはムーブメントの構造に改良を加え摩擦を軽減、パーツ同士の磨耗を防止してきました。
代表的な事例が1999年オメガが採用した「コーアクシャル」です。
ダニエル博士が発明した、画期的な脱進機をオメガは自社の機械式時計に搭載、これまでよりオーバーホールの間隔が倍近い8~10年まで延長することに成功しています。
ロレックスもこれまでのエスケープメントを改良し、磨耗の軽減に努めています。
ただ、機械式時計を動かし続ける限りパーツの磨耗は避けては通ることはできません。
そのためパーツ磨耗の防止策は「必要の無い時は時計を動かさない」ことが一番の解決策です。
もちろんパーツを磨耗させるから時計を止めるという行為は本末転倒になります。時計は時間を見るためのもの、「時計を止めて鑑賞するモノ」では無いので、その点は誤解の無いようにして欲しいです。
ではムーブメントの駆動を止めることへの問題点は無いのか。
実は機械内部に摩擦防止に注入している潤滑油が長期間止めることで潤滑油が固まる問題があります。
機械式時計に使用される潤滑油は古くは動物油から始まり、化学合成油へ進化していきます。
多くのブランドでは機械内部に使用する潤滑油を改良するなどこの問題を解決するためさまざまな取組みを実施していました。
引用:https://style.president.jp/watch/2017/0803_000055_3.php
そんな中、日本の時計ブランド シチズンは2002年 同社のエンジニア赤尾祐司さんがそれまでの潤滑油の経年劣化や温度劣化を解決する夢の潤滑油、「AOオイル」の開発に成功します。
このオイルの特質はまず低温時における粘度の値です。-30℃における従来の潤滑油がセンチストークという粘土を示す数値で見ると、42,500に対し、AOオイルは2,279という歴然とした差があります。
それだけではありません。これまでの潤滑油にあった問題点をほぼ全て解決したのです。現在もこのAOオイルは改良が進み、今では20年経過しても潤滑油の劣化が無くその性能を保たれていることが実証されています。
そのため最近は潤滑油が固まることは過去の遺物になりつつありますが、古い時計には従来からある潤滑油が使用されている時計も多いでしょう。
そのような古い時計はできるだけ早いタイミングで最新のメンテナンスによって時計をアップグレードさせましょう。
近年大手時計ブランドでは「トライボロジー」という考えを採用して、時計製造を行っています。
これは時計パーツの摩擦を総合的に考え時計を製造することで、大原則は「摩擦低減」です。
時計製造においては①磨耗、②摩擦、③注油、④接触面(パーツ同士)からなる4つの相互作用を研究して、いかに摩耗を軽減するかを考え製造します。
これまで磨耗に関しては潤滑油は化学工学、メカに関しては機械工学というようにそれぞれの専門家が自分たちの領域だけに注力して問題解決を行っていました。
それに対してトライボロジーはひとつの専門学として、時計造りを行うことです。
例えば部品同士の磨耗を潤滑油だけで解決しようとするとすると限界が見えてきます。
また潤滑油に着目しても注油の方法、表面張力を考慮した注油で潤滑油を効率よく使うことが可能です。
無駄が無く効果を持続でき、潤滑油が不要な箇所へ影響を与えないことで時計の耐久性アップに貢献しています。
ロレックスやオメガと言った大手ブランドはトライボロジーに基づき、時計製造を行っています。
オメガがマスタークロノメーターを発表した2013年当時、ETA社のトライボロジー&マテリアルのエンジニアである、マシュー・ウルヴェ氏が同席しています。
このような、重要な新製品発表の席へ幹部陣とトライボロジーの責任者を出席させることはオメガがトライポロジーを重視していることの証なのです。
機械式時計は部品同士が複雑に絡み合っているため、トライボロジーの観点から製造した時計でも摩擦での磨耗をゼロにすることはできません。
そのため使用しない時にワインダーを使って、無理に動かすことはパーツに余計な負荷が掛かります。
結果として、パーツを摩耗します。複数の時計を交互に使い、手から外している時は駆動させない方が時計は長持ちします。
同時に時計のメンテナンスにも気をつかうようにしましょう。その中でも時計師たちが使用する潤滑油の成分、製品名にも目を向けることが大切です。
「素人だからメンテナンスはお任せ」では無く、知識や情報を収集して疑問点があれば堂々と聞ける時計師へ作業を依頼したいですね。ぜひ普段あまり注目されない潤滑油にも目をむけてください。
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